環境科学センターの沿革

 

 

 昭和30~40年代、が国有数の産業立県である本県は、重化学工業地帯を抱え、「公害」が大きな社会問題となっていました。そこで、昭和43年に、当センターの前身である「公害センター」を横浜市内に設置し、公害防止のための調査研究に取り組んできました。
 その後、神奈川県内の環境は改善され、安定してきました。しかし、現在も私たちの日常生活や産業活動に起因した環境問題が存在しています。また、温暖化などの地球規模の環境問題も顕在化してきました。このような環境問題の解決には、科学的根拠が必要なことから、調査・研究を通じて県の環境行政に科学的知見を提供するために「神奈川県環境科学センター」を設置しました。
平成3年4月に、従来の公害センターと県庁にあった大気汚染監視センター及び衛生研究所の廃棄物研究部門を統合拡充するとともに、県民の環境学習のための施設等を整備して、環境問題全般にわたる総合的試験研究機関として平塚市に設置し、現在に至っています。

環境学習施設のホームページ「地球環境学習ひろば」には、昭和30~40年代の神奈川の大気汚染の写真を掲載しています。

 

 

 

 沿革(表)

 

 

 
昭和26年12月 「神奈川県事業場公害防止条例」を制定(東京都、大阪府に続き全国で3番目)
昭和33年 商工部工業課に「公害係」を設置
昭和36年 6月 主管部局を企画調査部に移し、公害問題を専管する「公害課」を新設
昭和39年10月 公害課の1係として、旧衛生研究所建物(横浜市南区中村町)に「検査測定係」を設置
昭和43年 4月 検査測定係を母体として、「公害センター」を新設
(企画普及課、大気課、水質課、騒音課の4課20名で発足)
昭和45年 7月 従来行政機関であったものを「研究機関」に改め、企画普及課、大気科、水質科、騒音科とし、同月に特定有害物質、重金属を担当する特殊物質科を新設
昭和45年10月 「川崎支所」を県工業試験所川崎支所内に、「湘南支所」を寒川町の県企業庁水源事務所内に、それぞれ設置
昭和46年 4月 主管部局として「公害対策事務局」(企画調査部から独立した組織)を新設
昭和47年 1月 本所、各支所の新庁舎建設に着手していたが、湘南支所の庁舎が平塚市豊原町に完成
昭和47年 3月 本所の移転拡充が衛生研究所の拡充と同時に進められ、新庁舎が横浜市旭区二俣川に完成し、同年5月から業務開始。
なお、同年4月、大気部、水質部の部制を敷き、企画普及課を管理課と、騒音科を騒音振動科と改称
昭和47年 4月 川崎支所を「京浜支所」と改称
(同年11月に京浜支所庁舎が同敷地内に完成)
昭和48年 7月 研究業務の企画調整、普及指導業務の強化を図るため企画指導室を新設し、京浜支所に大気科を、湘南支所に大気科と水質科をそれぞれ設置
昭和49年 8月 京浜支所及び湘南支所に管理課を設置
(昭和50年4月1日現在の職員数83名)
昭和52年 5月 主管部局「環境部」発足(公害対策事務局廃止)
昭和56年 6月 京浜支所を特殊環境部(川崎駐在)、同所の大気科を特殊環境科とし、管理課を本所管理課に統合
平成 3年 4月 公害センターを「環境科学センター」として改組し、県民の環境学習のための施設等を整備して、現在地(平塚市)に設置
(従来の川崎駐在事務所、湘南支所、大気汚染監視センター(本庁)及び廃棄物研究部門(衛生研究所)を統合拡充し、管理課、企画調整部、大気環境部、水質環境部、環境工学部、環境情報部の1課5部78名で発足)
(同年7月に落成式、環境学習施設、環境情報監視システムを本格稼働) 
平成11年 6月 主管部局を「環境農政部」に再編
(環境農政総務課の出先機関として位置づけ)
平成13年 3月 ダイオキシン類分析施設を整備
平成14年 1月 環境学習施設の一部を環境実践者の活動を支援するため実習室として整備
平成15年 6月 平成13年度に実施した機関評価や行政システム改革の視点を踏まえ、所内組織を1課4部体制に再編
(管理課、企画部、環境保全部、環境技術部、情報交流部、職員数60名)
平成20年 4月 行政システム改革により、所内組織を管理課、環境情報部(環境活動推進課及び環境監視情報課)、調査研究部に再編

 

 


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